
どうも、野良クリエイターsaekoです。
娘とテレビを見ていた時、座右の銘の話が出てきて、「ママの座右の銘はなに?」と聞かれました。一番最初に浮かんだのが「前言撤回」。中田のあっちゃん(オリラジ中田敦彦さん)のやつでしたわ。このワードを座右の銘にするところも含めて、好きです、あっちゃん。
恥ずかしくて言えなかった
野良の分際ですが、実は私にも心に秘めている座右の銘があります。でも娘には言いませんでした。言葉にしようとすると急に気恥ずかしくなったの。いやそんな恥ずかしがるから恥ずかしいんだろと後から思ったので、無駄に晒し立てて慣れようかと思い、ネタにしてみました。
騙されて、本望。

昭和の歌謡曲みたいでしょ。騙されても、本望ですからほっといて下さい。という歌です。作詞:saeko(未だタイトルのみ)
なんかね、人の目には私が騙されやすい人に写って心配で仕方ないみたいです。心配のおかげで危機一髪みたいな事もあったのは事実で、本当にありがたやと思っています。でもかと言って、自分を変えようとは思いません。
騙されるくらいどうって事ない
騙される事のリスクは、自分が傷つくか、自分の財産を失うか、自分の大切な人に甚大な迷惑を掛けるか、そのくらいかと思いますが、最後だけが私の避けたい事です。だから判断する時に、周りの人にどのくらいの迷惑を掛ける事なのかを考えます。迷惑を掛けないで生きていけると思ってないので、少しの迷惑なら10倍で恩返しすればオッケー、どんどん掛けちゃってバンバン恩返ししましょうというお祭り女です。
そんな女なので、騙されるのは蚊に刺されるくらいの、人生の風物詩みたいなもの。何にもなきゃ「なんか季節を感じないねぇ」くらいに思うのかもしれません。
一番大切な事とのトレードオフだから
騙される事は蚊に刺される程度のイベントなのですが、座右の銘に登場するほど大事にしているのにはワケがあります。それは、私が一番大切にしている「信頼される事」とのトレードオフだと思うからです。
信頼してもらえない経験
これまでの人生で人から一番頂いた感情は「ほっとけない」だと思います。本当に幸せな人生です。でも、今だからそう思えています。
これまでの人生で私が一番感じてきた感情は「ほっといて欲しい」です。
ほっとけないと思われるたびに、私は信じてもらえていない悔しさを抱いていました。私には任せられないっていうメッセージに変換して、どんどん卑屈さを増強していったと思います。
世紀末の詩
1998年に日本テレビ系で放送されたテレビドラマのタイトルです。野島伸司監督、竹野内豊さん、山崎努さん、坂井真紀さん、木村佳乃さんあたりがメインキャスト。一話完結形式で、毎回様々な角度から「愛」にスポットが当てられていく、今では珍しいハッピーエンドに向かわないラブストーリーでした。by.Wikipedia
このドラマが大好きだったのですが、特に第5話 「車椅子の恋」という回が印象に残っています。三上博史さんと純名里沙さんのお話です。
ドラマのあらすじを語るのがめっちゃくちゃ苦手なので全力失踪。どうかGoogleTeacherなりchatGPTなりにてお調べ下さいまし。
このお話の最後に出てくる、山崎努さん演じる夏夫のセリフが忘れられません。(とか言ってなんだったか忘れてめっちゃ調べましたけど)
俺も昔、大事な人を信じなかった。
今思うとしかし、愛ってのは、信じることですらないのかもしれん。
愛ってのはただ、疑わないことだ。
疑わないこと
人を疑った時、2パターンの結末があります。1つ目は、疑い通りになる、2つ目は、疑いが外れる。このドラマでは、後者の結末が描かれています。
1998年当時の私は16歳で、ド反抗散らかしておりました。なんだか耳キーンてなるほど共鳴して、言葉はうっかり忘れてましたが感覚は体の内側にしっかりと刻まれました。
自分の疑いの心で相手を傷つける事と、自分が騙されて傷つく事、私にとっては全く釣り合っていません。
疑った事で失う信頼と、騙されて失う財産もまた、全く釣り合っていません。
疑うくらいなら、騙されたい。
そんな思いで生まれた、「騙されて、本望。」聞いて下さい…。
(誰か歌作ってくんないかな)
ちなみに今は
母になった今は、お節介が過ぎる超スーパーサイアほっとけない人です。ほっとけない立場になって初めて、それは愛おしさだった事を知りました。これまで犯した数々の反抗、すべて撤回します。あっちゃん、「前言撤回」最高。