野良たる人生

A cat sitting on top of a wooden fence

過酷な野良の世界

実際、野良な生涯ってどうなんでしょう。と思って、野良クリエイターの大先輩、野良猫さまの現実を調べてました。

野良猫はもともと人に飼われていたイエ猫が捨てられたり迷子になったりして野生化したと言われています。野良猫が自由を望んでのびのび生きているかと言うと、そうでもなさそうな事が分かりました。呑気で気ままに見えても、人との共生に適した温厚さを持つ生き物だから、過酷な野生環境には適さないところもある模様。ほとんどの野良猫が寿命を全うしないんだって。

…きちいな。

野良猫のストーリー

なぜ野良猫が呑気で気ままに見えるんだろう。なんで私は憧れてるんだ。色々考えてて浮かんだのは、野良猫を題材にしたストーリーの存在です。野良猫軍団が夜な夜な集合してピンチを乗り越えるための会議をしていたり、極寒の日には優しい老人の前で喉を鳴らして寒さをしのいでいたり、協力や甘えという名の「利用」によって、自由なソロ活動者ポジションをうまいこと生きている。そうであって欲しいという「人」の願望が、こんなストーリーを作り出すのかなと思いました。でも実際には、猫は人の作ったストーリーをなぞったりしない。

野良クリエイターが代わりましょう

人の作ったストーリーは、猫の生きる糧にはなりませんが人の生きる糧にはなります。野良クリエイターにはなぞれますよ。


ポンコツな私の武器

私の特徴を自己分析すると、

・デザインとプログラミングの二方向でモノを見ている
・テクノロジーと生き物への愛
・子どもじみた性質に母性が加わった事

だと思います。

1つ1つの特徴とその程度はしょぼいです。でも起業を志してから周囲を見渡すと、このショボショボを合体させた武器がそうない事を知り、ポンコツ具合は関係ないかもしれないと思い始めています。

自分にしか出来ない事は誰にでもあります。ただそれがポンコツだから使い道はないと信じている。でもどうやらそうじゃなさそうだ、これは検証するしかない。という地点にいます。

ポジティブな猫を被ったネガティブな人

私は調子よく理想を語るので、自信家に見られますがそうではありません。人の事は楽勝で信じられるのに、自分の事は信じてない。

失敗をこなすとかタフに言いますけど、受け止めて切り替えてハイ次行ってみようーじゃありません。傷ついて自暴自棄になって、だからこのいい加減な自分が嫌だ、何もかもどうでもいいと必ず数日は塞ぎ込み、何度も思い出して落ち込みます。

野良はそれでこそ

ポジティブな猫もネガティブな人もどちらも本物の私です。

30歳で母になったと同時に全てが思い通りに行かなくなって、作り込んでいた猫は強制的に引っぺがされました。もう終わった、はい無価値と思い得意の逃避を決め込んで退場の扉を開けたところ、自己中で甘ったれでワガママで、短気で泣き虫で笑い上戸で、自分が大好きでしょうがない子どもの私がそこに居ました。そうだった、私はこんな奴だった。無視してきてごめん。終わったとか思ってごめん。自分の子どもばかり愛してごめん。

投げ出さないで努力ができたり、まともな大人だったら、素の自分には気付けなかったと思います。そうであったら、私独自の武器は生まれませんでした。ネガティブで自信がない自分や、弱い子どもの自分が、母である自分の献身性を育てています。

野良でいたい人に

野良に始まり野良に終わりたい誰かを励ますようなストーリーを思い描いています。私一人じゃなければ、出来る気がします。自分は信じてないけど、人のことは引くほど信じられます。描く夢、カッコつけ方、ほぼほぼヤンキー漫画です。

そんで、saekoが推しとか言われちゃったりなんかして…。っていうポジティブ猫ババァ(なんか意味変わった)が、剥がしても剥がしてもまとわりついて来る、野良たる人生、一緒にいかがですか。

person holding gray tabby cat while lying on bed