デジタルと物理をシームレスに繋ぎたい

デジタル経験値のあるリア充

多分、多分ですが、私はリア充です。今でもこう言うと消えちまえと罵られるのでしょうか。でも今は非リア(リア充の反対?合ってますか)やインキャがすっかりマスのポジションにいると感じて、リア充は十分肩身狭いですが。

マウントを取りに来たわけじゃありません。リア充って、リアルが充実してるからというか、非リアルな世界に入る事ができない性質なだけです。何度もチャレンジしました、ゲームもアニメも漫画も。でも入るの下手過ぎて、門前払い。てかどやって入るのよ、こんなでっかい体でよ。昭和のブラウン管テレビの後ろを確認しに行くタイプの、ALWAYS 三丁目の夕日が大好きリア充です。

リア充と非リア、お互いに相手の世界に入りたくても門前払いを食らってるって事はあると思います。

そんな中、私には最強のジョーカーが1枚あります。IT業界にただずっと居ただけで手に入った、デジタル経験値です。キャラの一人として没入する事は出来ませんが、整備士として中の仕組みがどうなっているのかはイメージする事が出来ます。

デジタルと物理を繋ぐブラックボックス

a group of people walking past a subway station

人は物理空間を生きています。電車に乗ったら駅の構内は相変わらず人でごった返して、まぁよくぶつからずにこんな高速で歩けますねと感心します。

でも、高速で通過しているだけに見えてきたりします。

私の感覚ですが、パンデミックの前後で本当に世界が変わったように見えて、人は確かにココに居るんだけど、ココじゃない世界を生きているように感じます。自分も例外なくその一人。リア充なのに。どこを生きているか分からない変な気分です。

パンデミックの時、強制的にデジタル空間に押し込まれ、門前払い組はデジタルと物理の繋がりにあるブラックボックスに放置された感じかなと考えています。

ブラックボックスに居座る

パンデミックからもう4,5年経って、ブラックボックス住人歴も4,5年になりました。引っ越した人はたくさん居るでしょうが、私は今だにブラックボックスを彷徨っています。それは、目が慣れてうっすらと何かが見えてきた気がして、どういう仕組みなのか気になって仕方ないからです。

子どもと親のような関係

selective focus photography of Star Wars Stormtropper, R2-D2, and Darth Vader toys

まだまだ解明には程遠いのですが、少し思い当たる事を書いてみます。私は一児の母です。デジタルは子ども、物理は親のようなものかなと考えています。よく見る光景として、親は親とおしゃべりしたいから、子どもは子ども同士で遊びなさいと、世界を分けるケースがあります。だけど、子どもの世界は子どもだけが一番盛り上がるかというと、そうでもありません。親が面白い家庭はほぼほぼ、子どもより親を目当てに友だちが群がります。今の親は死ぬほど寄り添わされてるので、子どもといるよりよほど楽って子も少なくない。そして、子どもと親にしかない笑いがあり、平和があり、愛がある特別な時間になります。

問題はつまらない親です。

つまらないとは、笑いが取れないという事ではなく、ただ怖い、頭ごなし、話を聞かない、遊んでくれない、自分の事を見ていないなど、子どもがつまらんと感じる全ての態度が該当します。私も胸を張って面白い親とは言えないので、つまらないそこの親御さん、どうかムシャクシャなさらず。

ここでデジタルと物理の話に戻しますが、物理空間がつまらない。シンプルにそういう事だと思います。そしてデジタルに居る人たちは、つまんないから用はない、ほっといてくれたらそれでいいとは思っていない。連れ出して欲しい、一緒に遊びたい、なんかない?面白かったら全然乗るって、意外と物理空間に期待してるんじゃないかな。

物理への執念

だてにリア充やってませんから、リア充のホーム、聖地はどこまで行っても物理空間で、リア充の使命は物理空間を盛り上げる事です。デジタルに集まる若者を物理空間に流すウォータースライダーが必要。

でも、親子の例えで考えると、まずは信頼関係がないと、何が起きてどこに到着するかも分からん穴には変わり者しか入ってこない。
信頼を得る方法は色々ありますが、例えば子どもが好きな事を好きになる。子どものフィールドに入り、同じ目線・同じ温度感で話せるようになったら、下手でもその努力に子どもはちゃんと応えてくれます。

信頼関係が作れたら、いろんな手段が取れます。

急がば回れ。焦らず丁寧に、自分のペースで進みたいと思います。